姿勢制御と運動学習の特異性・転移や認知的側面について

【医療者向け】バランス

姿勢制御の2つのシステム

身体状況や環境の変化に応じた身体の調整は、【フィードバック制御】【フィードフォワード制御】のシステムによって支えられています。

フィードバック制御

立位や歩行などの際に、バランスを崩しそうになったときに視覚情報・体性感覚情報・前庭感覚情報を利用して問題点をみつけて、元に戻そうとするシステムをフィードバック制御といいます。

あらゆる姿勢制御の際に瞬時に問題点をみつけて身体を調整するシステムは、動作遂行中に常に情報を入力して動作を微調整するので、オンライン制御とも呼ばれています。

フィードフォワード制御

動作パターンが乱れることが予想されるとき、問題が生じないように未然に対処するシステムをフィードフォワード制御といいます。

Ex:歩行時に人が多く道が狭い時に、その道を安全に通ることが出来るように前段階で歩行速度を調整したりする

フィードバック制御が視覚情報・体性感覚情報・前庭感覚情報を主にして姿勢制御を行っていたことに対して、フィードフォワード制御は遠方の状況を最も正確に伝える視覚情報が非常に重要な情報源となります。

フィードフォワード制御は先の状況の予見に基づく制御という意味でオフライン制御とも呼ばれています。

運動学習の特異性

一度体得した運動はいつでも・どこでも出来るわけではなく、体得した運動を忠実に再現するにはその学習した環境に近い状況が必要です。

これは、学習された運動は身体全身の協調運動だけに限定されず、身体と環境との協調関係を含んでいることを示唆しています。

実際に多くの研究で練習と異なる状況では学習された内容が100%発揮されるわけではないことを示しており、学習された運動の汎用性には【身体ー環境の協調関係】といった制約があります。

例1:クレー射撃の選手は普段山を背景に練習している場合、砂漠が背景になると感覚がくるってしまい成績が下がってしまったとされています。
例2:アメフトのランニングバックは、人の間の狭い道を通り抜ける技術に長けています。隙間に対して最小限の体幹の動きで隙間を走り抜けることが出来ますが、歩く場面ではその最小限の体幹の動きは発揮されないことが分かっています。走行と歩行は色々な共通性がありますが、使用する筋群が異なるといった、それぞれ独立した側面を持っているため獲得した運動技術は100%は汎用されません。
リハビリにおいても同様であり、全く同じ環境では習熟した動作能力・姿勢制御能力を発揮することが出来ても、異なる環境では、十分にその能力が発揮できない可能性も考慮しておく必要があります。

運動学習の転移

獲得された運動技術は【身体ー環境との協調関係】により、常に100%発揮することが出来るわけではありません。

しかし、全く獲得した運動が汎用されないわけではなく、日常生活内で私たちは獲得した運動を発揮しています。

見かけ上は変化がなくても拭き掃除の床(摩擦係数が異なる)などいった細かい環境の違いでも運動・姿勢制御を問題なく行うことが出来ていることから、私たちは汎用可能な運動パターンを体得しているという側面があります。

こういった獲得した運動・姿勢制御能力の転移は、同様に【身体-環境の協調関係】という要素を考える必要があります。

 

運動学習の転移は、動作の構成と外見上の類似性では生じません。

例1:のこぎり引きとバイオリン演奏(動作の構成は似ているが、動作の性質が異なるためのこぎり引きをしている人はバイオリンは上手になりません)

運動学習の転移は動作の性質・調整の類似性に生じます。

例1:サイクリングとアイススケート(自転車のペダル・スケートの刃とそれぞれ支持基底面が狭い上で動的なバランス保持を行いながら周期的な運動を維持するという共通の性質を持つ)
見かけ上の動作に惑わされずに、動作の性質・動作調整の類似性に着目し日常生活に汎用出来るような動作練習・姿勢制御練習を行う必要があります。

運動学習:多様性練習

運動スキルの獲得は同じ条件下で練習を繰り返すよりも、少しずつバリエーションを変えながら動作練習を行う方が練習した運動内容を長期間保持出来たり、新しい条件下の運動に汎用させやすい(転移させやすい)と考えられています。

多様性練習とはAについてしっかり練習してからBの練習を行い、Bが成熟すればCの練習を行うといったブロック練習よりも、練習初期からA➡C➡B、B➡A➡Cというようなランダムな順序で多様的に練習を行う方がより効果的な運動学習を導くと考えられています。

多様性練習が効果的な背景として、忘却再構成仮説という考え方があります。

同じ動作を繰り返すブロック練習ではワーキングメモリー内の運動計画を繰り返し実行するだけでよいですが、多様性練習では毎回わずかに異なる動作を行うため、ワーキングメモリー内の運動計画を再構築し運動を実行するといった認知情報処理を行う必要があります。

この認知情報処理は背側前頭前野で主に行われ記憶定着を促進すると考えられています。

背側前頭前野の委縮といった認知症患者では、認知情報処理能力が落ちていることが予想されるため、新しい運動記憶の定着が難しいのかもしれません。

姿勢制御の認知的側面

姿勢制御・運動を行う際、私たちは様々な情報から優先度が高いものを選択し注意しています。(選択的注意)

この選択的注意は主に以下の2つの仕組みにより作動されています。

目的志向性の注意:集中すべき対象に対して自らの意思で注意を向ける
刺激駆動性注意:自らの意思と関係なく刺激の特性によって注意が自然と向いてしまう

日常生活を送る中でこの2つの注意を上手く切り替えて機能しています。

何かに集中することも大切ですが周囲から危険を知らせるような警告信号が出れば、注意を切り替えて安全管理を行う必要があります。

反対に安全な環境で何かに集中しないといけないときは周囲の余計な刺激に注意を向けないで集中を維持することが必要になります。

この2つの注意を切り替えて目的志向的に行動するために刺激駆動性の注意を抑制させる機能中央実行系と呼ばれており、前頭前野が深く関わっているとされています。

中央実行系の機能が弱い高齢者は転倒リスクが高いとされています。

70~90歳代を対象とした研究では反応時間の課題・数字逆唱などの様々な課題と転倒発生状況を調査したところ、呈示される刺激によって素早く反応するか、反対に反応を抑制するかを条件によって切り替える【mindstreams】と呼ばれる課題が転倒発生リスクの予測が出来る課題とされています。(以下研究)

Herman T,et al:Executive control deficits as a prodrome to falls in healthy older adults:a prospective study linking thinking. walking and falling. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 65:1086-1092, 2010

また、中央実行系を評価出来るとされている【ウィスコンシンカード分類課題(WCST)】で対応が難しい人は歩行中に突然現れる障害物の回避が難しいとされています。

※ウィスコンシンカード分類課題(WCST):カードを色・模様・模様の数で分類するが突然分類するルールが切り替わるため、切り替わるルールに対応してカードを分類しなければいけない

以上から実行機能が低下している人はルールが切り替わったことに上手く対応出来ず、以前のルールに従って自動的に動いてしまうことを抑制することが難しくなります。

回復期リハの認知症患者では動作性急に着座をすることが多いですが、以前の身体能力に合わせた運動記憶に基づく動作を抑制し現在の身体機能に合わせた動作を行うことが難しいのかもしれません。